日常

「コロナ」と「オンライン礼拝」と「牧師」

本日(7/9)、東京ではコロナ感染者が200人を越えたということで、しばらく延長戦が続きそうです。

世界保健機関(WHO)は新型コロナウイルスが空気感染することを示す科学的根拠が見つかりつつあると発表していたり、見えない恐怖に続けてさらされています。


コロナがここまで大変なことになってしまうとは分からなかった2月の初めの時点で、主日礼拝で、「自ら気をつけなさい」という御言葉が宣布されました。

新型コロナウイルスに伝染しないように自ら気をつけなければなりません。
誰もついて回って気をつけなさいと話してあげることはできません。
生活が違うからついて行くこともできないし、一緒について行ったら「本人」も「相手」も感染します。だから自ら格別に気をつけなければなりません。

どんな状況でもマスクをつけることが今では常識のようになっていますが(むしろつけないほうが失礼であり危険)、今年の2月の時点では、マスクをつけて目上の人と話すのも礼儀に反するという意識がありました。マスク着用は、帽子をかぶっているのと同じという常識的なものがありました。


しかし、私たちの教会の鄭明析(チョンミョンソク)代表牧師は、こういう時は目上の人の前でも誰の前でもマスクをつけるのが礼儀だと、コロナが本格的に始まる前から、真っ先に認識を覆してくれました。

 

そして、神様からいただいた大事な命をお互いに守るために、3密を避けるべく、2月19日の水曜礼拝からオンライン礼拝が始まりました。現在もオンライン礼拝は続いていて、5ヶ月目に入っています。教会で咲き誇っているバラたちも、見てくれるメンバーたちがいなくてさびしそうではありますが。


キリスト教福音宣教会は、70カ国に教会があります。

国によって時差はありますが、以前から全世界の各教会が韓国からの生中継を受けながら、礼拝の説教を聞いていました。コロナ期間に入り、全世界の教会に中継をつなげていたところから、個人がいる場所に中継をつなげるように転換するようになりました。以前から行っていたシステムだったので、転換はそこまで大変ではなかったように思います。

むしろ楽になった!?

しかし、Uber Eatsのようにお手軽に何でも家で食べられるようになったといえども、霊魂の糧といわれる御言葉の価値性は絶対に落としたくないものです。こればかりは各自に任されているので、神と自分のみぞ知る領域になってきますが。


ある大学はオンライン授業になかなか切り替えられなくて、音声だけで授業している所もあるそうですが、音声だけで授業とは、、集中できなさそう。。

 


礼拝を守りたくても、どうしても日曜日に仕事があって、教会までいく時間がなかったり、病気で外出することができなかったり、さまざまな事情で礼拝を守れなかった人たちもオンライン礼拝の恩恵を受けるようになっています。


まさに、「教会に福音を聞きに訪ねて行っていた」ところから、今は「福音が各自のところに訪ねて行く」時になりました。実際に、私の教会でも礼拝を守ることができる人がとても増えるようになりました。

私の教会は、以前は別の地域で活動していた4教会がひとつに集まるようになったため、23区外全域、神奈川、山梨、栃木、埼玉まで住んでいる人たちがいます。そのため、教会の近くに住んでいる人たちは問題ありませんが、遠くに住んでいる人たちは教会に来るのも、実は一苦労だったのです。時間も交通費もかかりますが、神様に教会で会いたい!という愛の思いで集まっていました。

 

会議も集まって顔を合わせて行うことが大事だと思っていましたが、オンライン会議で十分できることがわかりました。私は逆にコロナ期間になって、時間と空間を超えて御言葉を伝えたり、会議したり、面談ができるようになったので、もっとやることが多くなったという現実はありますが。。

 

日本でも全国で働き方改革が起こっています。

カルビーは7月から在宅勤務を恒常化すると発表し、富士通は、日本国内のオフィススペースを現在の50%ほどに縮小すると発表したというニュースを見ました。


ただ、大事な話をしたいときは、やはりその場の空気感、相手の表情を自分の目で見て、感じて対話したいなと個人的には思います。2月から教会のメンバーたちに会っていないので、とても会いたいですが、もうしばらく忍耐します。

 


以前と同じような日常には戻らないでしょうが、早く全世界が「自ら気をつけて」ひとつになって、これ以上大事な命が奪われず、コロナの終息を迎えることをお祈りします。そして、私自身もさらに気をつけて生活していきます。

 

【オンライン礼拝6つのメリット】
1、教会にいかないから交通費がかからない
2、礼拝後すぐに家でお昼ご飯を食べられる
3、家族の間の交流が活発になる
4、化粧をしなくてもいい
5、移動しないから交通事故の心配がなく安全だ
6、家族と礼拝を捧げるからよい
*教会の運営費がかからないことと、礼拝後すぐにシャワーや手を洗えることのメリットもある。

投稿者プロフィール

Miry
Miry
摂理で牧師やってます。大学1年生の時に摂理に出会いました。まさか!自分が摂理の中で聖職者になるとは全く思ってもみませんでしたが、ある時、道が開かれ、牧師の道へ。

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