キリスト教福音宣教会で牧師をしています。聖書を通して学んだリーダーとして備えるべき姿勢や能力、日常生活のエッセンスをお伝えしていきます。

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キリスト教福音宣教会 牧師ブログ 真のリーダーシップ

「ピアノ」と「牧師」

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自分の力ではどうしようもできない自然災害、コロナウィルスの感染拡大など、日本全国が心をひとつにして続けて戦わなければならない時になっています。

「Pray for Japan」

東日本大震災の時に多く耳にした言葉ですが、今も続けて祈りが必要で、日本だけではなく、同じ太陽のもとで空気を吸い、水を飲み、この地球に住むものとして全世界のために祈らなければならないことがたくさんあると思う今日この頃です。

 

そして、7月になってから、毎日流れているインパクトのあるCMがあります。

サイボウズのテレビCM「がんばるな、ニッポン」

テレワークを推奨するCMですが、テレワークがどうしても不可能な業種もありますし、どの立場からこのCMを見るかで賛否両論あると思います。

しかし、東京の感染者が増え続けている現状で、どう考えても、旅行とか、遊びとかも、がんばらないほうがいいような、、

テレワークで、外出もほとんどしていないのに感染する人が出てきているということも聞き、改めて身を引き締めなおし、『自ら気をつけて』、自分を守り、家族も守り、お互いを守らないといけないです。

 

さまざまな意見と見解が飛び交い、不安になることも多いですが、気分転換をするために、長年あまり弾くことのなかったピアノを弾くようになりました。

以前から様々な思いが募るときは、ピアノを弾くことで、神様に自分の思いを告げることがありました。話すのが得意ではないので、言葉で表現するよりも、楽器で表現するほうが私の場合はうまく伝えることができるように感じます。

 

私は、幼稚園から高3までずっとピアノを習っていました。

好きで続けていたわけでなく、いやいや習っていました。練習もほとんどしなかったし、直前に少し練習して、先生に怒られるという繰り返しで、非常にお金がもったいない習い方をしていました。

とても不真面目にピアノの習い事を続けていたわけですが、真面目に練習をせざるを得ない状況が突然訪れました(汗)。

高校2年生の時にじゃんけんで負けて、合唱コンクールの伴奏をするはめになりました(涙)。クラス全員に関わることなので、さすがにやらないのはまずいと思って、生まれてはじめて猛練習しました。

プロのピアニストは指が裂けるまで練習するんだ!と親からピアニストになるわけでもないのに、話をずっと聞かされていました。そんなことあるのか!?と思っていましたが、猛練習していたら両手の指が裂けました。。人差し指と中指が、、

その結果、歌も伴奏も練習の甲斐もあり、合唱コンクールは、クラスとしてもやりきった!という思いに包まれて終了することができました。

そんなこんなで、ピアノは一応弾けるといえば弾けます。でも、コードが読めないので、もっと自由自在に弾けることを夢見て勉強中です。よい覚え方があったら教えてほしいです。

 

教会では、賛美歌やゴスペルで神様への愛を表現して栄光を帰します。

私の教会には賛美歌を歌うことが好きな人たちがたくさんいますが、私はいまいち歌うことが好きではありませんでした。賛美歌を耳で聞くのは大好きでしたが、歌うことに自信がなかったからというのもあり、賛美歌を自ら好んで歌うことはほぼありませんでした。実際のところ、今もあまり自分だけでは歌わないですね。体質になっていないというのは恐ろしいものです。

しかし、このコロナ期間に、ピアノを弾いてみようと急に思い立ち、弾いてみたところ、ピアノの音が、心臓に心地よく響いて、とても心に染みました。癒されるのを感じました。絡まった心が解かれていきました。

医学的にも、ピアノを弾くと、ドーパミン(幸福感や快感、意欲を感じるホルモン)が多く分泌されることが証明されているそうです。

神様を信じてよかったことはたくさんありますが、その中でも私の中で一番大きいことは、自分の状況が良いときも、良くないときも、自分のどんな思いをぶつけても、すべてを受け止めて下さる方ができたことです。思い切りピアノを通してでも愛や、やるせない思いを表現しても、受け止めて下さる方です。

愛してくれて、励ましてくれて、一緒に泣いてくれて、怒ってくれて、指摘してくれて、正しい道に導いてくれる方です。人の心は朝に夕に変わりますが、神様は心変わりしません。


ひとすじに誰かをひたすら愛するというのは、簡単なことではないと思います。好きな芸能人も、ころころ変わるし、好きな食べ物もブームがあるし、お気に入りの洋服も流行と共に変わります。

目に見えるものはいつかなくなるし、永遠性がありませんが、永遠に愛が変わらない神様に、ピアノでも、歌でも、言葉でも、どんなツールだとしても、自分の思いを告げることができることが幸せです。

 

人間は、心が朝に夕に変わって、また冷めます。人間だから仕方がありません。行いもそうです。
神様は違います。絶対的です。初めも終わりも同じです。もっと次元を上げます。「私は初めと終わりだ。好きなことも初めも終わりも、ずっと続けて永遠に好きだ。」このような愛で、神様は私たちを初めの時に愛した、その愛を永遠に変わることなく愛してくださるということです。これはものすごい愛です。私たちがこれを忘れたら、私たちは途中で冷めてしまいます。

 

延長戦のコロナ期間、心身の健康を保つために、ピアノも含め、今までできなかったことにチャレンジしていこうと思います。

投稿者プロフィール

美穂
美穂
摂理で牧師やってます。大学1年生の時に摂理に出会いました。まさか!自分が摂理の中で聖職者になるとは全く思ってもみませんでしたが、ある時、道が開かれ、牧師の道へ。
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