日常

キリスト教福音宣教会(CGM)の牧師ってどういう人がなるの??

1月も、あっという間に終盤に差し掛かっていますね。

飛ぶように2017年も進んでいきそうです。

このブログは、キリスト教福音宣教会(CGM)の総会長牧師である、鄭明析(チョンミョンソク)牧師が教えてくださったことをメインに書こうと思っています。

私はキリスト教福音宣教会(CGM)の中で牧師の使命を任されていますが、牧師は何をするの?という疑問があるかも知れません。

牧師と言っても、教会の担任牧師、部署の代表牧師、などなど使命は多岐にわたりますが、基本的な意味を説明しますと、牧師という漢字を見ると、「牧」という字が入っています。

「牧」=牧場にいる羊を養うということを意味します。イエス・キリストが、ご自身のことを「羊飼い」にたとえたことから来ています。

「師」=指導者、先生という意味です。

神様の愛する羊たちを、キリストに通じる道へ導くことが、牧師の使命だということです。

私は、何か秀でたところがあったから指導者の使命を受けたわけでもなく、人前で話すのが上手だったわけでもなく、リーダーシップを取れるわけでもなく、これといった特技もなく、何もない人でした。

私に関していえば、とにかく何もない人がキリスト教福音宣教会(CGM)で指導者をやっているということになるのですが、鄭明析牧師が人を育てる時に、ひとつ大事にされていることがあります。

それは、、

「作って使う」

「育てながら使う」

ということです。

神様のために頑張りたい思いがあるならば、その思いを評価してくださり、機会を与えてくださいます。

私の場合は、

「神様から最高の愛をうけたから、神様の愛に答えたい!!!」

それ一つ以外は、何も誇るものはありませんでした。
本当に足りないけれども、鄭明析牧師は、私を信頼して、使命を任せ、育ててくださいました。
その代わり、誰が見ても足りないので、毎日自分の足りなさとの戦いです。

回りの大人たちにも足りないと言われながらも、落ち込まずに踏ん張る。

努力すること以外に選択肢がないので、努力し続けました。

鄭明析牧師はおっしゃいます。

「人は作り方次第だ。」

沢山涙も流し、自分のふがいなさに悔しい思いもする日々ですが、続けて育てて下さることに感謝します。

投稿者プロフィール

Miry
Miry
摂理で牧師やってます。大学1年生の時に摂理に出会いました。まさか!自分が摂理の中で聖職者になるとは全く思ってもみませんでしたが、ある時、道が開かれ、牧師の道へ。

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